旧友からの電話


夕べ遅くなってから、旧友のT・Kから電話があった。2年ぶりぐらいの電話で懐かしく思った。
彼とは、メーカーと仕入先と言った付き合いであったが、利害関係がないがのごとくの付き合い方でよく酒も飲んだ。
そもそもの出会いは、新潟から仕事を追いかけていたら秋田にたどり着き、会社を設立することになった。
そこでメーカーの営業所長をしていた彼とであった。サッシメーカーである。
その後彼は富山の本社勤務になった。5年ほどの付き合いだったが楽しかった。その後3年ほどして私も秋田から新潟に商売を移すことになった。
その後2年ぐらいしたらなんと彼がまた新潟営業所に転勤してきたではないか、うれしかった。
そこから5年、2人は新潟の古町を飲み歩いた。彼もまた商売柄大手ゼネコンの接待で良く飲み歩いていた。
私の人生でこのときが一番楽しかったかも知れない。ところがあの忌まわしい神戸地震が起きた。そして彼は神戸支店に転勤になった。
最後に彼がひいきにしていた古町の店を引き継ぐからと2人で飲みに行った。そのとき持ってきた店の名詞の数が200枚ほどあったが回りきれるはずもなく5件だけ行った。1件目はたしか、ふくよかで可愛い顔のママがいる「和風スナックどじ」という店だったと思う。ココは転勤族が新潟を離れてもまた必ず訪れるという離れがたくなる店のようだ。そんなことを思い出した。
彼は今は大阪にいるらしい。家を富山に建てたこともあり別々に暮らしているらしい。
今回の電話の用件は、秋田にいたときの奥さんの友達と未だ交流があるらしく会いたいということになったらしい。
でも富山と秋田は遠い、そこで真ん中の新潟で会うということになったらしい。そこで私を思い出して「新潟のおいしいところを案内してはくれないだろうか」というこだった。OKはしたものの奥様どうし私は邪魔だろうと思った。
しばらく昔話に花が咲いた。
電話を切った後でアルバムをめくってみた。私も単身で秋田に7年間行っていたので、何度となく車で往復した。
その道中、新潟と山形の県境で海に夕日が沈む直前の写真があったので載せてみた。